無限に思えるほどの大容量データを
保存・取り出すことができる、
ブラックホール搭載の情報記憶デバイスを
空想したプロトタイプ
ブラックホールは
未来の大容量ストレージ?
この蓄音機は、ブラックホールの内部に
どのように情報が蓄えられるのかという研究が、
遠い未来の大容量情報ストレージを実現するかもしれない、
というひとつの可能性を空想したプロトタイプです。
好奇心は、未来より先にある。
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無限に思えるほどの大容量データを
保存・取り出すことができる、
ブラックホール搭載の情報記憶デバイスを
空想したプロトタイプ
この蓄音機は、ブラックホールの内部に
どのように情報が蓄えられるのかという研究が、
遠い未来の大容量情報ストレージを実現するかもしれない、
というひとつの可能性を空想したプロトタイプです。
ブラックホールとは、一体どんなものなのでしょうか?実は、その正体は最先端の物理学でも未だにわかっていません。
それは一般相対性理論と量子力学の両方に関係する“ある未解決の問題”が存在するからです。
ここでは、ブラックホールの基礎、その問題、そして最新理論について簡単に紹介します。
質量(エネルギー)を持つ全ての物質は万有引力により互いに引き合っています。そのため非常に高密度に集まった物質は、自身の重力に耐えきれずに内部に向かって潰れてしまいます(「重力崩壊」と言う)。その結果としてつくられる物体がブラックホールです。仮に一般相対性理論だけを考慮すると、物質は中心の一点にまで潰れ、光すら脱出できないほど重力が強い空っぽの時空領域が形成されます。これが量子力学を無視した場合に形成されるブラックホールです(「古典ブラックホール」と言う)。この領域から光が脱出できるかどうかの境界を「事象の地平面」と言い、中心の一点を「特異点」と言います。
量子力学の世界では、一見何もない空っぽの空間であっても、真空が揺らいでいるため、時空が急に変動すると粒子がつくられます。1974年にホーキングは、ブラックホールの周囲の真空から温度を持つ光の粒子が生成され(「ホーキング輻射」と言う)、ブラックホールのエネルギーが徐々に減り、少しずつブラックホールが蒸発していくことを理論的に示しました。
もし古典ブラックホールがホーキング輻射によって完全に蒸発すると、そのもととなった物質の情報(例:その原子の種類など)が消えてしまいます。なぜならば、従来の考えによると、物質の情報は事象の地平面に捕えられて出て来られないままブラックホールが蒸発するにもかかわらず、外に放出されるホーキング輻射は周囲の真空に由来するため物質の情報を含まないからです。これは「情報は必ず保存する」という量子力学の原理に矛盾します(これを「情報喪失問題」と言う)。よって、従来の古典ブラックホールの描像だけでは、量子力学との整合が取れません。この意味で、量子力学と一般相対性理論の両方と矛盾しないブラックホールの正体は未だにわかっていません。
この情報喪失問題を解決するかもしれないひとつの案を紹介します。物質が重力で潰れる際に量子力学の効果を最初から取り入れると、真空の強力な圧力によって物質が支えられ、事象の地平面の代わりに「表面を持つ高密度な物体」が形成されます。これが「量子ブラックホール」のひとつの可能性です。内部には物質があたかも玉ねぎのように積層して詰まっています。この高密度な物体の半径と、古典ブラックホールの事象の地平面の半径の差はわずかなので、外からはこの物体は古典ブラックホールのように見えます。
(これがどのように得られるのかは、理化学研究所プレスリリース(2020年7月8日)
「蒸発するブラックホールの内部を理論的に記述」をご覧ください。)
この量子ブラックホールは内部に構造があり、そこに情報が蓄えられています。例えば、リンゴを投げ入れれば、リンゴから成る新しい層が表面に形成され、リンゴの情報はそこに保存されます。今後の更なる研究によって、ブラックホールの蒸発と共にリンゴの情報がどのように外に出てくるのかがわかれば、遠い未来では量子ブラックホールを大容量の情報ストレージとして「原理的に」利用できるかもしれません。このように、量子ブラックホールが遠い未来に情報ストレージになり得るという空想が、今回のプロトタイプのアイデアのもとになっています。
ブラックホールは内部に情報を取り込み、蒸発とともに外にその情報を放出すると予想されていますが、その仕組みの詳細は未だにわかっていません。
ここでは、その仕組みのひとつの可能性を示した最新論文にインスパイアされて空想したプロトタイプ、Black Hole Recorderの設定について紹介します。
超小型の人工ブラックホールを搭載した蓄音機型の情報ストレージデバイスを空想してデザインされた模型です。このデバイスは、ブラックホールの時空の曲がりを模したホーン部分で音声を集め、ブラックホールに録音・再生する機能を有します。左側の2つのインジケータはデータ容量を表示します。右側のインジケータは、人工ブラックホールの温度と、上下のデータ比率を表示します(後述)。この模型は、最先端の研究にインスパイアされたUseless Prototyping Studioの第1弾の作品になります。私たちは「役に立たないプロトタイプ」を通じて、未知への好奇心が未来をつくる可能性を可視化し、科学と世界の新しい関係づくりを目指しています。
ブラックホールには、ホーキング輻射により微弱な光を放ち、ゆっくりと蒸発する性質があります。この空想のデバイスには、「月」と同じ質量の物質を約0.1mmまで圧縮して生成した人工ブラックホールが、前面中央のガラス管上部に格納され保たれています。最先端研究が示したひとつの可能性は、ブラックホールは玉ねぎのような層状の内部構造を持つことです。これを利用して、各層にデータを保存し、後で読み出せる装置を空想しました。そのデータ容量は10の52乗GB(ギガバイト)になります。このデバイスは最大で10の63乗GBまで制御できるように設計されていますが、それを保存できる人工ブラックホールは「地球」と同じ質量に相当するため、地球上に置いておけません。
情報データはエネルギーを持つため、デバイスにそのデータが保存されると、そのエネルギーを吸収してブラックホールがわずかに大きくなります。すると、ブラックホールには新しい層が形成され、そこに情報が保存されます。再びその情報を読み出すには、その層を蒸発させてブラックホールを元の大きさに戻し、放出された輻射を分析します。ところで、ホーキング輻射は温度を持つため、ブラックホール自体も温度を持ちます。エネルギーは高温から低温に移動するため、格納容器の内部温度を調整することにより、ブラックホールの吸収や蒸発を制御できると空想できます。左から3つ目のインジケータはその温度を表しています。
ずっと以前に保存したデータは内側の層に書き込まれているため、その読み出しの際には、外側の層から順番に蒸発させていき、内側の層を露出させる必要があります。このとき、蒸発させた外側の層のデータをどこか別の場所に保っておかないと霧散してしまい、情報ストレージとして役に立ちません。そのため、このデバイスの前面中央の下部の光っている部分にはもうひとつの人工ブラックホールが格納されており、蒸発させたデータをそこに一時保存する設計になっています。この上下2つのブラックホールのデータ比率を表すのが、1番右側のインジケータです。
科学的理論・仮説にインスパイアされて制作されたBlack Hole Recorderは、音声の録音と再生の機能を持っています。
展示・アーティスト活動・その他、ご興味がある方は、下記よりお問い合わせください。
1.展示
Black Hole Recorderの展示2021.03
日本科学未来館にて2021年3月14日(日)〜21日(日)Black Hole Recorderの展示を行いました。
2.コラボレーション
展示・アーティスト活動・その他、ご興味がある方は、
お問い合わせボタンよりご連絡ください。
3.展望
実際のブラックホールに、収録した音源を送る
記録した音をいずれ数千光年先のブラックホールに送ることを目指しています。このプロトタイプを使って収録した音源が、人類がブラックホールに保存した初めての情報として、遠い未来に誰かに読み出されることになるかもしれません。
ブラックホールは内部に情報を取り込み、蒸発と共に外にその情報を放出すると予想されていますが、その仕組みは未だにわかっていません。その仕組みのひとつの可能性を示した最新論文にインスパイアされて空想・具現化したものが、Black Hole Recorderです。
Step01.
蒸発するブラックホールの内部にどのように情報が蓄えられるのかを理論的に記述した論文を選定 (iTHEMS 横倉祐貴)
Step02.
論文をもとに未来の記憶デバイスとして蓄音機を空想・企画 (SCHEMA / addict)
Step03.
それらを工学的に蓄音機のプロトタイプで具現化(Tailor Innovations Inc. 中田邦彦)
All Projects:初田哲男/横倉祐貴/小塚仁篤/貞賀健志朗/印南智史/古谷憲史/西田みのり/中条匡臣/児玉悠/堤瑛里子/今野翔太/中川可奈子/久保泰博/山川力 Product:星野佳史/中田邦彦/小薬達也 PR:島村昌美/田中美果子/田島里杏/香川浩崇/富田さよ/荒舩良孝 Photos:中島洋介/中村洋平/山田香里/大塚修充 Web:高橋麻瑚/松本鮎美/秋田佳子/黒川慶一 Event:大内蔵夏帆/柴田衣理 Special Thanks:長瀧重博/井上芳幸/寺西藍子/藤平奈央子/芝優太/岩田量自
※外部パートナー、プロジェクト参加メンバーは今後も拡大予定です。
今回のプロトタイプ、Black Hole Recorderの解説です。